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出雲大社

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出雲大社

About

大国主大神を祀る、日本神話に深く根ざした古社です。旧暦十月、全国の神々がこの地に集うとされることから、出雲では十月を「神在月」、他の地方では神が留守になるため「神無月」と呼びます。本殿は高さ約二十四メートル、現存する神社建築として日本最大級。かつてはさらに高い巨大神殿であったとする説もあり、境内の発掘調査で直径三メートルを超える柱の根が見つかっています。しめ縄は神楽殿のものが特に大きく、長さ十三メートル、重さ五トンに及びます。

History

出雲大社は『古事記』の国譲り神話に由来を持つ、日本で最も古い信仰の系譜に連なる神社です。

【国譲り神話】

大国主大神は国土を治めていましたが、天照大御神の使いに求められて国を譲ることを決めます。その代わりとして、天にも届くほどの高く大きな宮殿を建てて自分を祀ることを条件としたと『古事記』は伝えます。この巨大な宮殿こそが出雲大社の起源とされ、目に見えない世界の主宰者となった大国主大神を祀るという神話の構造が、この社の性格を決定づけました。

【古代の巨大神殿説】

平安時代の文献『口遊』には、当時の建物の高さを表す言葉として「雲太、和二、京三」とあり、出雲大社が東大寺大仏殿や京都御所大極殿をしのぐ日本一の高層建築であったと記されています。長らく誇張とみなされてきましたが、平成十二年(二〇〇〇年)の境内発掘調査で、三本の巨木を一つに束ねた直径約三メートルの巨大な柱の根が出土しました。これにより、かつて本殿が高さ四十八メートルに達する巨大な神殿であった可能性が、考古学的に裏付けられつつあります。

【神在月】

旧暦十月、全国の八百万の神々が出雲に集まり、人々の縁について話し合うとされます。このため出雲地方では十月を神在月、それ以外の地方では神々が留守になることから神無月と呼びます。神々を迎える神迎神事、滞在中の神々をもてなす神在祭など、一連の神事が今も旧暦に合わせて行われています。

【出雲国造と千家家】

出雲大社の祭祀は、大国主大神から国を譲り受ける使者となった天穂日命の子孫が代々務めてきました。出雲国造家は中世に千家家と北島家に分かれ、両家が交代で祭祀を担う体制が長く続きます。明治以降は千家家が宮司を世襲しており、平成の御代替わりに際しては皇室との縁組も話題となりました。

【本殿の造替(一七四四年〜二〇〇八年)】

現在の本殿は延享元年(一七四四年)の造営によるもので、大社造と呼ばれる日本最古の神社建築様式を伝えています。高さ約二十四メートル、神社建築として最大級の規模です。平成二十年(二〇〇八年)から二十五年(二〇一三年)にかけて「平成の大遷宮」が行われ、本殿の屋根の桧皮が全面的に葺き替えられました。

【現代】

神楽殿の大しめ縄は長さ十三メートル、重さ約五トンで、出雲大社の象徴的な光景として広く知られています。数年おきに氏子や地域の人々の手で新しく綯い替えられています。

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